夜の建設現場 — クレーンとビル群
President

同じメンバーで、
最後までやり切る

馬見塚建設は、全員社員で現場に入る
外注に頼らないから、品質がブレない
それが40期続いてきた理由

Trust

選ばれ続ける、
理由がある

≒100%

リピート率

一度入った現場から、ほぼ毎回声がかかる
社員施工だから品質がブレない
外注を入れた時だけ評価が落ちる — それが答え

500+

職長現場数

社長自身が20年以上現場に立ち続けてきた
職長として500現場以上を完遂
大きなミスは一度もない

40期

事業継続

令和元年に2代目として承継
リーマンで2億5000万円の不渡りを被っても潰れなかった会社
その信用を、自分の施工でさらに積み上げてきた

0回

工期遅延

工期は必ず合わせてきた
問題が出ても投げない、逃げない
最後まで現場にいる会社

「馬見塚さんのところは、いつも同じメンバーが来るから安心する」

— 現場監督からの言葉

まみ社長 — 株式会社馬見塚建設 代表取締役
Story

まみ社長

生年
1982年生まれ
役職
株式会社馬見塚建設 代表取締役(2代目)
承継
令和元年(第40期)
現場歴
20年以上 / 職長500現場以上
事業
型枠工事(在来型枠・ラス型枠)

親父の背中を見て、この仕事に入った
勤めていた会社が倒産し、そこから自社一本でやってきた

朝7時から夜20時まで、厳しい現場を何年もやった
投げたことは一度もない

今も現場に出る
社長が現場を知っている — それが馬見塚建設の強み

My Story

ここまでの、
道のり

聞かれることが多いので、自分の言葉で書いておく。順調に来たわけではない。断られ続けた時期も、頭を下げて回った時期もある。

17歳

サラリーマンか、社長か

高校2年のとき、親父に聞かれた。サラリーマンをやるのか、社長をやるのか、どっちがいい。

正直に言えば、やりたかったのはシステムエンジニアだった。型枠ではなく、コンピューターで何かを作る仕事に就きたかった。

半年悩んだ。そして、社長をやると決めた。社長をやりながらでも、システムエンジニアはできるだろう — そう考えたからだ。

いま、AIを使って自社の仕組みを自分で作っている。26年かかったが、結局どちらも手放さずに済んだ。

22歳

会社が消えた日

学校を出て、型枠の会社に入った。修行のつもりだった。

入ってちょうど1年が経った頃、現場へ向かう途中で社長から電話が鳴った。今すぐ戻ってきて、と言う。職人さんが待っていますけど、いいんですか、と聞いた。いいから今すぐ戻ってきて、と言われた。

急いで会社に帰ると、社長が頭を下げた。会社は倒産した、本当にごめん、と。

実感がなかった。え、あ、はい、としか言えなかった。会社の道具を置いて、その日は家に帰った。一人で座っていたが、何を考えていたのかは覚えていない。

親父に、会社が倒産した、と伝えた。そうか、とだけ言われた。どうするかしばらく考えなさい、と。

22歳

面接すら、させてもらえなかった

3日後にハローワークへ行って手続きをした。そこから3ヶ月、仕事を探した。

就職氷河期だ。ただでさえ厳しい時代に、自分には「二代目」という肩書きがあった。どうせ家を継ぐから長くは続かない — その理由だけで、10社以上から断られた。面接すら、させてもらえなかった。

自分ではまだ何も決めていないのに、生まれた家で判断される。肩書きというものの重さを、あのとき初めて知った。

23歳

平成17年7月7日

親父に相談したら、修行が1年では短いが、うちに入れ、と言われた。

入社は平成17年7月7日。7が3つ並ぶ日だった。縁起がいいな、とだけ思った。

入って1週間も経たないうちに、現場で職長をやらされた。何もわからない。大工さんたちは勝手に仕事を進めていく。自分は打ち合わせと書類をやるだけで、現場で何が起きているのか、まるで理解できていなかった。

誰も教えてくれなかった。周りの顔色を見ながら、ただおろおろしていた。

その現場は1ヶ月で終わった。そのあと先輩の職長の下について1年かけて覚え、2年目には一人で職長を回すようになり、3年目には自信を持ってやっていた。

教えてください、と言い続けただけだ。それ以外に方法を知らなかった。

26歳

一度、元請けをやった

馬見塚建設の中に、もう一つ会社を作った。有限会社コーショー。総合建設業 — つまり元請けだ。代表取締役として2年やった。

手応えはあった。ただ、税金の面で思った以上の負担が出た。2社に分けている意味がない、と判断してたたんだ。会社は馬見塚建設へ吸収し、自分は課長として戻った。

失敗と言えば失敗だ。だが一度、発注する側に立った。元請けが何を見て、何を不安に思うのかがわかった。あれは今も現場で効いている。

リーマンショック

2億5000万円の不渡り

リーマンショックのとき、会社は2億5000万円の不渡りを被った。まだ先代の代だ。

同業がバンバン潰れていった時期だった。ただ、あのときは仕事だけはあった。仕事があったから踏ん張れた。それでも、2億5000万円は簡単に飲み込める金額ではない。

自分はまだ代表ではなかったから、あの重さを本当の意味で背負ったとは言わない。ただ、隣で見ていた。会社が消えるというのがどういうことかは、22歳のときに一度見ている。今度は、自分の家の会社だった。

それでも、会社は残った。

だから「40期続いた」という数字を、自分は軽く見ていない。続いたのではなく、残したのだと思っている。

副社長時代

給料をもらわずに、頭を下げた

ラス型枠は、ずっと下請けのラス屋さんに出していた。そのラス屋さんが、廃業すると言ってきた。

材料を買い取ることになった。ただ、材料だけあっても施工はできない。だから廃業するまでの間、自分がそこへ飛び込んだ。教えてください、と言って、給料を1円ももらわずに1ヶ月手伝った。

それでもまだできなかった。他のラス屋さんにも声をかけて応援に来てもらい、先生代わりに横について教わった。副社長が、頭を下げて回った。

かっこ悪いとは思わなかった。できるようになる方が大事だった。

いま、在来とラスの両方を自社でやれる会社は日本でも多くない。あの1ヶ月がなければ、今の馬見塚建設はない。

これから

軸だけは、ずらさない

昔の型枠の現場は、荒っぽい人間が多かった。今は違う。真面目な人間ばかりになった。安い金額で叩き合う時代も、終わりつつある。

だったら賃金を上げて、堂々と言いたいことが言える会社にならないといけない。そこまで行って初めて、社員に「幸せとは何か」が伝わると思っている。

10年後には、リフォームと不動産もやっているはずだ。宅建も取るつもりでいる。在来型枠、ラス型枠、リフォーム、不動産 — この4つが噛み合えば、会社の形は変わる。

ただし、主軸は型枠だ。すべての力はここに集約させる。この軸だけは、絶対にずらさない。

型枠金具のクローズアップ
Strength

「できない」とは
言わない

01

全員社員施工

毎回同じメンバーで現場に入る
顔を知っている人間が来るから、
監督のストレスが減る

02

在来 × ラス

日本でも数少ない、両方に対応できる会社
ラス型枠は軽量で施工が速い
現場ごとに最適な工法を判断できる

03

現場がきれい

整理整頓は施工品質に直結する
挨拶、姿勢、段取り
元請けとの関係性を大事にしている

難しい現場ほど、考える
「できない」と言う前に、どうやったらできるかを考える
対応力、包容力、発想力 — それが馬見塚建設の現場力

コンクリート躯体 — 型枠の成果
Philosophy

出会った人くらいは、
幸せにしてやる

これが馬見塚建設の理念

この言葉を口に出すようになったのは、26歳のときだ。

その年、初めて人の上に立った。会社をひとつ任されて代表になり、同業の集まりでも役を持つようになった。 新しく何かを決意したわけではない。ただ、自分が何を大事にしてきたのかを、そのとき初めて言葉にする必要があった。

人に喜んでもらいたい。笑顔が見たい。ありがとうと言われたら、単純に嬉しい。
根っこにあるのはそれだけだ。縮めたら、この一行になった。

誠実に対応する、嘘をつかない
監督のストレスを減らす現場をつくる
職人が働きやすい環境を整える

言葉ではなく、行動で示してきた
だから次の仕事が来る

Career

業界でも、
任される存在

若手時代から業界内の役職を歴任し、
組織運営にも携わってきた
同業・元請け双方から信頼を得ている

同業組織

26歳若鯱会 副会長就任
27歳若鯱会 会長就任

自主組織

36歳同業種5社による会「モック」設立

元請け関連組織

39歳高松建設 躯体部会 会長就任
40歳高松建設 高栄会 理事就任
43歳高松建設 高栄会 幹事就任

再任

40歳若鯱会 副会長就任
41歳若鯱会 会長就任

協力会

松村組 松緑会 理事
石田組 安全協力会 理事
People

技術は、
人で決まる

若手中心のチームで、技術を継承している
技能実習生も含め、国籍を問わず
現場で戦える人材を育てている

馬見塚建設の型枠職人チーム — 倉庫での作業風景
Voice

現場の価値を、
外へ

NOTEやSNSを通じて、型枠の仕事や現場のリアルを発信している
AI(かたやん・べに子)も活用しながら、
これからの建設業の在り方を模索している

Promise

元請けへの、約束

01

同じメンバーで 現場に入る

02

最後まで やり切る

03

問題を 投げない

04

現場を きれいに保つ

派手なことは言わない
ただ、任された仕事には必ず応える
それが馬見塚建設のやり方